2007年05月22日

「悪意」

3作続けて読んだ東野圭吾作品。
今回は加賀恭一郎シリーズの「悪意」。


通常の推理小説とはちょっと趣向が違う作品になってるんです。
犯人と刑事、それぞれの手記や記録という形式で、事件を知り、謎が解けていく。
このタッチ自体も楽しかったけど、最後の最後まで、”なぜ?”という殺人の動機がわからないのが、ドキドキして楽しかった。


犯人はすぐにわかるようになっているけど、逮捕されても動機を話そうとしない。
刑事の加賀恭一郎が少しずつ証拠を見つけていき、ひとつの動機が成立。
犯人も犯行手記を書き、事件は解決したかに思えたけど、本当の動機は実は別にある!
そうにらんだ加賀恭一郎が、犯人と被害者の過去を調べ、犯人が決して知られたくなかった過去を見つけ出す。


「悪意」というタイトルからして、犯人の中に芽生えた「悪意」が事件を引き起こしてしまうんですが、その過去には”いじめ”という暗い出来事があり、このことが「悪意」を生み出すんです。


この本を読んでいて、推理小説という点で楽しみましたが、東野圭吾が投げかけた”いじめ”というテーマについて改めて考えてしまいました。
現実の世界にも”いじめ”というものは存在し、社会事件にまでなってしまう世の中。
残念ながら、今も昔もこれからも”いじめ”というのはなくならないと思う。
そして、心に受けた傷は大なり小なり残るもの。
その傷が更に大きくならないように、精神的に強くなれば、現在の少年犯罪や悪心犯罪はなくなるのでは…と期待したいです。

razz_0120 at 13:28│Comments(0)TrackBack(0)book 

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